実にいろいろな理由によりまして、今日は沖縄・オキナワのことばかり考えて一日過ごしました。
オキナワ・・・嗚呼、我が心のフルサトよ。
かつては大げさでなく隔月くらいのペースで訪沖してたもんですが、ここんとこ起業したりして多忙だったりした為ついぞご無沙汰になってしまってました。
こう長い事行かないでいると、沖縄病も極まれり、で、もうダメ、死にそうです。
以前、オキナワでもってキジムナーに遭遇した話をここに書きました。
詳しくは2004年11月23日付の投稿をご参照頂きたいのですが・・・思い出した。当サイト管理人は、もう一回キジムナーと遭遇した経験がありました。
あれは前回記した時期と同じ、例によってウス汚いバッグひとつで本島内を放浪というか徘徊してた頃・・・それでもレンタカーを使う事を覚えた、比較的最近、後期の話です。
国道58号線をどこまでもひたすら北上しますと、やがて名護を越え、辺戸岬で知られる辺戸名界隈を越え、その名もズバリの「奥」という集落?に着きます。
ここが58号線の県内最北端。「県内」というのは、海を渡った鹿児島県にも58号線は続いているんですよね。国道というものは少なくとも2つ以上の都道府県にまたがってないといけないのだそうで、58(ごっぱち)が国道であるためには、海を渡って繋がってなくてはならない、というわけです・・・別にどうしても「58」が「国道」でなきゃならない理由も無いだろうと思うのですが、そんなことはこの際どうでもよく、とにかくこの時、私はこの「奥」におりました。
・・・そう、確か、2005年05月21日付で記しました「花の森」で散々飲み食いetcした後でした。
夜も深まったところで場もおひらきになったものの、私一人まだテンションも納まらず、半ば衝動的に那覇のホテルとは逆方向、北へ北へと車を走らせたのでした。
で、車は必然的に「奥」に到着。
・・・この「奥」というところは、まぁなんというか、見事になんにも無いところで、行くたびに明らかな時間の流れの違いにボーゼンとなってしまうようなところです。
私はその別世界感が好きで、毎回訪沖のたびになんの用も無いのにただ行って、唯一(?)ある共同売店で多少の買い物だけして帰る、ということを繰り返しているのですが、このときはなにしろ夜中なもんでそんな買い物も叶わず、といって那覇まで帰るにはその道のり(約120km)を考えるとそれだけでグッタリ、ってな次第で、その場で車中泊することにしたのでした。
ラジオ聴くのにも疲れて、いつのまにかウトウトしてたその時、運転席側のウインドウを誰かにノックされました。
トントントン!と。
・・・こりゃビックリしますよ。
このあたりでは、私は昼間でも共同売店以外で人に会ったこと無いんです。
それが、時計を見るとAM4:30。繰り返しますがあたりは真っ暗。
そんな状況下で誰かが私の車のウインドウをノックする。
ハッ!として見ますと、原付スクーターに乗った、若い男でした。
仰天している私を尻目に、彼は何度も何度も窓を叩き、開けろ、開けろ、というしぐさをします。
大げさでなく恐怖におびえつつ窓を開けました。
すると、彼は言いました。
「夜分すいません・・・あのー、那覇はどっちですか?」
・・・綺麗な標準語でした。Tシャツにナップザックという、極めて軽装な彼。
この真夜中、しかもこの「奥」でもって、那覇はどっちですかもクソも無いもんだ。
それまで恐怖におびえてた反動もあって、私は幾分つっけんどんに、今お前さんが来た方向が那覇だよ、と答えました。
すると青年は
「あー、そうでしたかー。有り難うございますー」
と、
実にさわやかに、もと来た道を去っていきました。
??なんなんだコイツは?と、非常にフシギな気持ちでもって彼を見送りました。
・・・わかりますか?那覇からこの「奥」まで、約120km。ここは真っ暗な、ジャングルのはざまです。
そんなところで、しかもAM4時過ぎに、原付・・・大排気量バイクでも車でもなく、原付と遭遇する。
しかもしかも、那覇はどっちだ・・・って、ここは「58」の北端で、前か後ろにいくしか道はなく、またどっちに行っても結局絶対那覇には着くんです。
っていうか、この時間に彼はなぜ那覇に?大体どこから来たの?
・・・もうね、いろんな謎や疑問が脳内でウズ巻きましたよ。
で、思ったんです。
ああ、彼はキジムナーだったんだな、と。