フェラーリに乗った。運転した。でもね。

先日ちょっとしたきっかけがありまして、いわゆる「フェラーリ車」に乗った・・・運転する機会がありました。
いやはやビックリでした。いきなりこんなこと言ってしまってはミもフタもありませんが、こんなに乗りづらいとは思わなんだ。
これが例えば仕事を頂いてる先の社長に運転させてもらった、とかだと、ぶっちゃけ書きたいことも書けなかったりもしようところですが、今回はそうではなく、仕事的な縁の全く無い友人の所有車ですので、この際正直に書いてしまいます。なんで彼がこれを数千万?億?もかけて所有したいと思い、その末にあろうことかホントに所有してしまったりしたのか理解不能、アホですかキミは?という感じです。


フェラーリ車、残念ながら、車種というか車名は不明です。なにしろかなり最近に出たモデルらしい。
車種といえば。
…大昔、当サイト管理人がいたいけな小学生だった時分、いわゆる「スーパーカーブーム」ってのがありまして、ワタシらガキどもはやれフェラーリだランボルギーニだ、と、今思えば先日乗ったヤツよりもさらに乗りづらく且つ壊れやすいであろうシロモノをひたすら有り難がり、また半ば崇拝したりしたもんです。
それから数十年経過した現在、それらは旧車・ヴィンテージカーとして、未だその手の市場を賑わしてたりするらしいですが、今でも覚えてるフェラーリ308GTというやつ、これはモノによっては100万円代で手に入っちゃったりするみたいですね。
そのことを聞いて、思わず社有車をフェラーリになどと夢想してしまったのですが、このフェラーリ所有者である友人いわく、それは死んでも止めた方が吉、とのこと。
“とりあえず動くようにするのに、数百万くらいかかっちゃうと思うよ”
とのことでした。
単なる面白半分の「夢想」にそんな金を出せるほど弊社は豊かでは無いので、この案は数秒で却下、という次第になったのでした。
閑話休題。さてこのフェラーリですが、なにしろ乗りづらい。なんだか前方が良く見えません。
ワタシの体躯にも問題がありそうなんですが、とにかくワタシには非常に見にくい。
加えて、荷物があんまし載せられない。
我が愛車は…誇りを持って書きますが、三菱自動車製「EK-ワゴン」というやつで、これは運転席は軽自動車にしては広いし、カメラ・三脚、脚立に台車、と、やたら体積のかさむ機材etcもガンガン積めます。
で、聞くと、やっぱし故障はそれなりに多いとのこと。
さらに、故障時、交換部品がなかなか手に入らない・てもとに届かない、しかも、やたら高いということです。
“それでも…っていうか、それだからこそ、フェラーリはイイんだよ”
と、禅問答みたいなことを彼はのたもうておりました。
前述の通り、我が愛車は三菱自動車製「EK-ワゴン」というやつです。
1年半前に購入しまして、現在すでに走行距離2万kmを越えております。
それだけガンガン乗って、乗って、乗りまくっておる(ってほどでもないかも)わけです。
購入したのは、ちょうど三菱自動車がある事件によって揺れに揺れてた時期で、正直ちょっと躊躇することも無いでは無かったのですが、この事件以前から三菱の車は総じてよろしい、という旨を聞いておりましたので、一念発起して購入に至った、という次第です。
とか言いつつ、ディーラーに言ってからもあれこれ迷ってたりしたのですが、購入に向けての最後の「一押し」は、担当営業T氏のひとことでした。
世間じゃ三菱及び三菱車に対して色々言われているけど、
“…それでも、三菱の車は、良い車なんです”
セールストークとしてはあまりにも直截的に過ぎる言葉かとは思いますが、衒い無く明確にこう言い切るT氏に意気を感じ、なんだか胸を打たれたみたいになりまして、その場で購入契約…でした。
…今思えば、氏の思うツボだったのかも知れませんが。
氏は決してはっきりは言いませんでしたが、どうやら当時の「事件」、ディーラーの営業マン各氏にとってはホントに寝耳に水のデキゴトだったそうで、なんてことしてくれたんだ…というのが本音だったみたいです。
ホントに寝耳に水だったのかどうかは知りませんが、なにしろこの際、営業マン各氏にはなんら罪も責任も無いと思われますので、いやはやこんなヒサンな話は無いな、と。
そんな状況にあって氏は“三菱の車は良い車なんです”と断言した…勝手に美化しすぎかもしれませんが、それなりの愛着が無ければこういうセリフは吐けないんじゃないか、と、ワタシは思うのです。
売ってる人たちがその商品に愛着を示してくれる、そんな商品がホントの「意味での「良品」といえるのではなかろうか。
実際我がEK-ワゴンは、現在までただの一度も不具合・故障などなく、毎日毎日ただただ元気にワタシに乗られています。
・・・と、ここまで書いて気付いた。
フェラーリにコダワる、その意味も、こういうことなのかも知れないですね。
前述の友人も、フェラーリには、工場の職人、引いてはイタリア国民の愛着が詰まっている、と、極めて勝手な思い入れを語っておりました。
ヤツはなんの根拠・ソースも無く、ホントに勝手にそう思い込んで言ってるだけなんですが、フェラーリという車には、どこかにそういうものを感じさせるものがあるのかも知れません。
“考えるな、感じろ!”というセリフは「燃えよドラゴン」だったか「死亡遊戯」だったか忘れましたが、なにしろ理屈抜きにそういう「愛着」、引いては「思い入れ」を感じさせるのが、フェラーリ、なのかも知れないです。
その際、乗りにくさとかそういう事はどーでもいい、というくらいに、乗り手に思い入れさせるのかも知れません。
・・・でもまぁ、乗りにくいことは乗りにくい。
ワタシにとっては、やはり我が愛車が最高級車であります。

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