胎動

自分でも不思議なくらい、後悔という感情が湧かなかった。
それどころか、僕はさらに彼女の胸元に、「なにか」を突き立てた。
時計の秒針が、ときどきゆっくり動いた。
一瞬、彼女が微笑んだ気がした。


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ずっと昔からここにいたような気がする。
でも、それも確かな感じがしない。
地を張っているのか、漂っているのか。
僕は今なにをしているんだろう。
何も見えない、何もわからない。
でも、今はそれで良い気がする。
気のせいじゃない、やっぱり彼女は微笑んでいる。
まっすぐ僕を見ている。
なにがそんなに可笑しいんだろう?
僕は黙って彼女の横を通り過ぎた。
本当の闇って、こんな風景の事を言うんだろう。
風景?
いや、風景じゃないな。そういう感じじゃない。
彼女の髪がからみついて、なかなか前に進めないでいる。
とりあえず僕は立ち止まって、ひとつまみづつ、彼女の髪を
解いていった。
時々彼女の指に触れた。
まだ彼女は僕を見てるんだろうか。
でも、振り返るのも億劫だ。
きっとまだ僕を真っ直ぐに見て、だたなんとなく微笑んでいるんだろう。
なにも始まらない。まだなにも始まっていない。
でも、そろそろ色んな事が一度に終わっていく気がする。
誰にも止められない。
少しづつスピードが増して行っている。
なにかが僕の頬をかすめていった。
ちょっとうつむきながら、僕はただ、彼女の髪を。
彼女の胸につきたてた「なにか」が、今、僕の手の中にある。
地を張っているのか、漂っているのか。
僕は今なにをしているんだろう。
秒針はもう止まっている。
僕の手の中の「なにか」が、いつのまにか僕自身になって、そして
ゆっくり歪み始めた。
小さな、白い点が見えた。
いや、ずっと前から有ったのかもしれない。
相変わらず僕は、歪んで、捻れている。
白い点がふたつになった。
そして、それぞれがまた分かれていく。
いつのまにか彼女はいなくなった。
鼓動が聞こえる。
それが脈打つ毎に、僕自身が飲み込まれていく。
白い点描が蠢いている。
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やがて、僕はひざを抱えて座っていた。
きっと、いろんなことが、一度に終わってしまったんだと思う。
そして、今、改めて、全てが始まるんだと思う。
この真っ白い部屋の中で、
僕はひざを抱えて座っていた。
誰かが僕を見ている。
とても大きな、なにかが、僕を見ている。
本当は後悔していたのだろうか?
それより、誰が僕を見ているんだろう?
でも、今はもうどうでもいい。
これから、いろんなことが始まるんだ。